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墓はどこにあるべきかを就職によって知る

わたしは北海道の札幌市で生まれ育った。
大学を出るまで、ずっと同じ市内で暮らしていた。
北海道弁というものの存在は話としては知っていたけれど、実感はまったくなく、自分たちが話している言葉が標準語だと思い込んでいた。
ラーメンの麺は太くて縮れているのが当たり前だった。
すき焼きといえば豚肉を甘辛く煮込む料理だった。
俳句で枯野が出てくれば、それは冬ではなく秋を示す季語だった。
それが北海道で生活するということだ。
そんなわたしが大学を卒業して、22歳にして初めて東京で暮らすことになった。
全国規模の会社に就職したかったわたしは、北海道本社の会社では物足りないように思えたのだ。
飛行機に乗って羽田空港に降り立ったとき、季節は春で街の中を薄紅色の花が占領していた。
初めて見る本物の桜だった。
北海道で主流の桜の花は桜の葉と一緒に開く。
花だけが咲いている光景はわたしを圧倒した。
わたしの入る寮は川崎市の中央部にあった。
まだその頃は、JR南武線の沿線はけっこう田園地帯で、寮の周りにもたくさんの田んぼがあり、夏には蛙が鳴くようなところだった。
風呂とトイレと台所は共同、部屋は6畳の和室、寮母がいるものの食事はe自がてんでに食べる方式だった。
わたしは入社直後の研修が終わると東急とJRを乗りついでその寮まで帰ってきた。
途中の肉屋でコロッケなんかを買いながら。
北海道より少し暑いけれど、言葉はみんな少し上品ぶってるけれど、でもそれほどの違和感を感じずに生活できていた。
物足りないことと言えば、ジンギスカンを食べることがなかなかできないことくらいのものだった。
寮から少し歩いたところに寺があった。
ある日わたしは散歩がてらにその寺の近くにいってみた。
ひょいと中を覗くと、そこには墓が並んでいた。
その光景はわたしにはかなりショックなものだった。
札幌にも寺はある。
でも寺に隣接した土地に墓が建っている光景なんて見たことが無かった。
わたしの常識では、それは共同の墓地にあるものだった。
平岸霊園とか里塚霊園とかだ。
そこにいけばどんな宗教でも関係なく埋葬することができる。
親戚のと行ったときに、南無妙法蓮華経とか南無阿弥陀仏とか十字架とかが書かれた墓を見た記憶がある。
しかし川崎市のその寺にはたぶん寺の門徒だけが立てることができるのだろう。
それからわたしは通勤途中でも寺の様子を気にするようになった。
東急の電車からはときおり寺と敷地内に立ち並ぶ墓を見ることができた。
どうやら首都圏では寺に墓があるのが普通のようだ。
多磨霊園というのも聞くが、きっと本当なら寺の中に墓を立てたいのだろう。
そういうのが古式ゆかしいあり方なのだろう。
北海道では霊園が普通になっているので、土地が不足するという問題もおきにくいが、首都圏では増え続ける死者を埋葬するだけの土地を確保するのは寺院にとっても大きな課題であると思う。
霊園方式は割り切ってしまえば土地問題も公的なものとして対応できるし、メリットは多い。
このように北海道に住んでいると常識以前となっていることが他の土地ではまったく違う考え方をしているということは案外多い。
マスコミでおもしろおかしく取り上げられていること以外にも多少は目を向けてみたい。
お墓を購入することについての記事も参考にご覧ください。

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