墓画像

お墓のを建てる意味とはどのようなものか

今までお世話になった方や親族への思いを忘れないようにするにはどうすればよいのでしょう。
故人との思い出を馳せることでようか。
故人と共に撮った写真でしょうか。
もちろんそれも方法の一つです。
人それぞれの回顧する方法があるでしょう。
しかし、人間とは忘れっぽい質でいつまでも過去のことを覚えていられるものではありません。
私も祖父が亡くなり数年が経ちましたが、亡くなった当時のことは覚えていてもそれまでの思い出が薄らいでいるのがわかります。
会っていたと言っても、正月と用事があれば程度であったため、年に数えるほどでしたが、それでも色々な事をしたりしてもらったりと思い出がありました。
しかし、今ではほんの一部、特に記憶に残っている部分以外はほとんど残ってはいません。
「会えること」が当然と思っていた所以でしょうか。
そう思うと思い出だけでは心もとない。
では、故人と撮った写真はといえば、残念ながら私が知っている当時の祖父の写真が一つもありません。
昔の写真はあったのですが、それは、まだ祖父が若い時の写真で私が知っている祖父と中々結びつけることができませんでした。
もし、写真があったと仮定します。
写真と言っても実のところ一切れの紙、そのまま持っていればいつ失くしてしまうかわかりません。
アルバムに飾ったとしていつ見るかもわかりません。
そう考えるとやはり毎年顔合わせに行く日が決まっており、確立した場所を確保しているお墓を建設するのが一番ではないでしょうか。
恒例行事として行くので忘れることはありませんし、場所さえ覚えていれば忘れることがありません。
「お墓を建てればいい」と前述で書きましたが、お恥ずかしいことに、実は私の家では祖父のお墓を未だ建てていません。
もうすぐ4回忌となるのに。
理由はとても簡単で、私も私の両親も方法を知らないのです。
昔は我が家の墓があったそうですが、今はなく、もう一度建て直そうにも現在の住居からは遠すぎました。
結局話としては、近い場所に新規で建てようとなりましたが、考えていただけでここまできてしまいました。
また、我が家の宗教が曖昧でどこの宗派のお寺に頼めばよいのかはっきりとしません。
こんなことになるのなら、元から調べておけば良かったと痛感させられました。
祖母が腰痛で長期入院をすることをなり、誰もいない家の和室の一角にお骨を放っておくのはいかがなものかということとなり、ようやく4回忌を期に建設の計画が再考されました。
そこで私が重要視しなくてはならないことがあると両親に提言しました。
基本的には墓参りをする為に建てるので、その場所に行くまで時間がかかりすぎることや交通の便が悪いところには建ててはならないでしょう。
建てたのはいいですが、それに満足するだけや、面倒くさいから行けないということがあっては本末転倒です。
なるべく近く、腰の悪い祖母にも無理させることのない距離であることが一番優先すべき事柄です。
これがどうしても譲れないことでした。
幸いにもこの案は両親や親族にも採用してもらい、どの家からも見ても中間ほどの距離に建てることとなりました。
来年のお盆にはきっと初めての墓参りができると思います。
まだお墓を建てていない方がいらっしゃれば、もう一度ご再考する機会になればと願っています。

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